2015年2月8日日曜日

【ワーク・ライフ・バランスだって?(後編)】 新世代MR講座~オジサマ編~ 第7回 2010年3月号

<新展開の業務>
 今回のプロジェクトは慣れるまでが大変そうだな、と向井所長が机越しに話しかけると、「まったくもって同感ですよ」と桜田マネージャーは口をへの字に曲げて、困り果てた顔で首を左右に力なく振った。
 先日、本社営業本部で“新たなMR業務指針”が正式に策定されたのだが、これが相当に厄介な内容だと社内では話題になっており、しかも実践に移行するまでの追加研修や報告用書式の確認作業などは不慣れな分、面倒な手間がかかりそうだ。

 効率の悪い残業を抑制し、リストラによらないコスト削減策を巡って侃々諤々の議論が繰り広げられた結果、次年度の改善案には外部コンサルタントの意見も採用されることになった。
『当社における長時間残務の実態』という項では、“もはや現状のMR業務の部分的な変更だけでは、抜本的な改善につながらない”というありふれた文言に続いて、“当社は試験的ではあるものの、医師への有料制インタビュー活動をMR業務へ大胆に組み入れる(注:契約書面および費用については別紙参照)”と記載がある。
 医師への有料制インタビュー?
 別紙をめくると、そこには対象医師別の時間単価が5段階に示されている。

一体何のことやら?と当初は外部コンサルタントの説明を聞いた委員たちも呆気にとられていたのだが、このビジネスモデルを提唱した研修企画会社と数回のブリーフィングを経て合意に至り、我が社が国内製薬企業として最初の実践例となるらしい。
全都道府県で実行していく中での段階的な進展ステップというのも細かく規定されており、既存のMRプロモーション基準から逸脱しない範囲ながらも、ほとんど未知の道筋に近い。
「どうせ前例を踏襲するならば、もっと費用対効果が強烈なビジネスモデルを実行されたらいかがですか?」と、堅物の本部長たちが外部コンサルタントをつとめた宮本研医師から派手にけしかけられたという噂があるくらいだ。
これがMR業務の時間短縮と実務担当の再配置、さらにMRの資質向上とワーク・ライフ・バランス達成につながる新しい“業務コンセプト”だと指摘されても、一気に納得するのは難しいが。

ともあれ、午後の営業所内会議では出先から帰ってきたMRたちに今後の手順を説明するのだから、上司としては自信を持って言うしかないんだろう。
だいたい、昔は納入価にしたって医師への面会だって、そりゃ本人の力量次第で何とでもなったわけで、こんなに複雑な話じゃなかった。多くの製薬企業が医師へ節度に欠けた接待攻勢をかけていたのだって、当時の業界情勢を考えたら必要悪な面もあったわけだ。最近のMRが長時間勤務だと言っても、どこかの駐車場で都合良く居眠りしている連中だって少なくないし、若者たちのひ弱さと言ったら・・・と内心でひとしきり愚痴ってから、向井所長は思考回路を切り換えることにした。
“嘆く前に一歩でも進め”という大学時代の恩師が好んだ言葉を思い出し、小さいながらも責任を負った一国一城の主であることを再確認した。

「次年度に取り組む営業改革プロジェクトの概要はここまでだ。正直言って、私も初めての内容になるので皆と同じように戸惑っている。しかし、絶望しているわけでもない。時代が変われば、嘆いているよりも少しずつ前進することの方が大切なんだ。」
一瞬、きりっと静まりかえった会議室内に、これまでとは違う何かを感じた向井所長であった。





<逆算して考えていくと>
 MRは長時間勤務の激務である、という前提条件に苦笑いしたり不機嫌になったり、うなずいたり、今さら何を言い出すわけ?と当連載の読者にはそれぞれの反応が出てくるでしょう。
 「MR?ずっとやっていますが、超・楽勝ですよ!」という実在のMRにお会いしたことのない私は、連載や講演、新機軸のロールプレイ研修などを続けていくたび、“仕事=キツい=好まざることも我慢”という各職業の共通事項以外に、もっと“充実感と発展性が明確なMRスタイル”が他にあるのではないか?と自問自答してきました。

 講演の質疑応答で「これからのキャリアは?60歳で定年したとき、どんな仕事をしていますか?」という大まかな将来像を伺っても、他業種への転職も含めて明快な答えができないのは、MRたち本人の力不足ではなく現状が袋小路で次の展開が見えないからです。

 どこかに現状を解きほぐす手段はないのか?と考え続ける中で、私はある事実を見いだしました。
 昨年から独自に展開し始めた『MRが医師役を演じ、医師が患者役を演じる』方式の模擬診療ロールプレイの中で、白衣を着て医師っぽく病状説明をしてくれるMRたちが、10分間を演じるだけで「とにかく緊張しました・・・」と一様に同じ反応を見せるのです。

 MRの知識で演じなければいけない模擬医師としての受け答えが上手か下手かに関係なく、医師の立場を模擬で経験するだけで極度に緊張するというのです。私は医学部生時代から病院で多くの時間を過ごしてきたために、“医療現場は緊張する”という当然過ぎる事実を忘れかかっていました。疲れて夜中に眠くなっても医療現場は続いているので、何科でも診療医はストレスや緊張と常に付き合っていかざるを得ません。

つまり、“猛烈に緊張する”とか“この場面から嫌でも逃れられない”という医療における不可避の土壇場から、MRという職業は“疎遠過ぎた”と気がつきました。
通常の外来診療は生きるか死ぬかという厳しさからは縁遠いはずですが、単なる再診場面ですら未体験のMRたちには猛烈なストレスがかかる。異次元のプレッシャーが模擬診療ロールプレイの経験者にかかっていくという事実から、MRには医療界での厳しい場面、土壇場をもっと経験させていくことがスキル向上に重要だと私は確認しました。

では、診療実務に関わらないMRが頭脳を駆使しているときに“一番厳しい”と感じる業務場面は?と思い描くとき、それは医師との11面談であろうと考えました。
ありふれた製品説明会ではなく、机を挟んで価値ある対面インタビューをしている場面。しかも会話内容は廊下で交わす雑談レベルではなく、もっと診療や専門研究に踏み込んだ知識をぶつけ合う高度な医療インタビューとして。

<有料制インタビューによるスキル向上を>
医師という職業は研究面を含めて本当に多くの経験を積み重ねていくため、専門分野だけにとどまらない幅広い医療知識を有していることが普通です。
現行型のMRも得意先で診療知識を聞きかじるような細切れの経験はしているのですが、担当医師がMRに向かって本気で話し込んでくる緊迫した場面には恵まれていません。「先生たちと面会して本当に緊張するのは、月数回くらいですかね」というMRが医師と対等にやり合える、そして模擬医師になっても立派なロールプレイが可能だというレベルにまで達するとは思えません。

 MR個々人の問題ではなく、業界そのものが高度な医療会話が可能なMRをシステム全体で育てようとしてこなかった怠慢のツケです。

医療の素人である患者に病状説明できる医師水準と比較しても、MRが決して負けない知識とスキルを身につけていたとすれば、かけ声倒れの“患者さん目線”をもっと明確に具現化し、医師に理詰めで自社製品を説明し、診療手段を順序立てて提案できる新世代型のMRへと発展するでしょう。

MRが医師へ高度なインタビュー業務をどのように行うべきか、などについては次回以降に詳述していきます。
とにかく、MRは医師側からの“くすり屋さん”や“営業の人”という既存の認識から脱却しましょう。周到な準備に基づく企業体としての合理的なMR指揮系統を整備しながら、MRたちの情報収集・分析能力を徹底的に磨いていくのです。


ワークとライフを天秤にかけて、収入に関わるワークの割合を大きく減らすことはできないのは当然です。
では、そのワークの質や詳細について製薬・医療機器業界は限界まで考え込んできたのでしょうか?短時間勤務創設や育児支援など小手先の制度改革で行き詰まってしまい、“現状で我慢してね”的ないたたまれない状況を放置していませんか?

私は、医師への有料インタビュー制を現場MRに“録音必須”で担当させ、医師との面談内容を育児・介護休暇中のMRが自宅で詳細に分析して現場へとフィードバックし、管理職はこの情報をまとめ上げて部下を指揮し本社へ報告し、日々生きた情報収集を営業所単位でさえも可能にすることを新しく構想しています。
無駄時間を削り業務内容をグレードアップし、9時から17時勤務だけでも目覚ましい成果を上げる新世代MRを作ることが、考え得る最大のライフ尊重になると思うのです。

私が提唱するMRワークの具体的な改変によって、きっと実現可能だと信じています。

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