2014年8月17日日曜日

【臨床研修医を巡るアレコレ】新世代MR講座~オジサマ編~ 第5回 Monthlyミクス 2010年1月号

<深く考えたことがないけれど>
 今月末のウェディングフェアが通算で何カ所目になるのだっけ?と、恋人から指示されるがままに結婚式場巡りを続けている桜田マネージャーは、たまには週末らしく宅飲みでもしたいなと呟きつつ、外来待合室の壁際で持参資料を確認していた。
 今日の訪問先は県庁近くに位置する500床規模の市立総合病院で、内科医が集団で大学医局に戻るかもなんていう危うい噂が半年前に流れたこともあったけれど、院長が市幹部たちを懸命に説得して、勤務待遇の改善を約束して常勤医たちをつなぎ止めたという話。外来予定表には空欄や非常勤医の名前も目立つようになってきたし、こういう病院は診療報酬削減と高コスト体質でどこも経営が苦しいのだろうな・・・。

治験担当医とアポイントを取ってある循環器内科外来の前で、じっと目をこらして診察ブースの方向を観察していると、手に握りしめた青色の聴診器が目立つ若い風貌の医師が1人、駆け足で処置室から出てきた。
近づいてきた彼に軽く会釈すると、20歳代半ばとおぼしき男性医師は桜田マネージャーの左胸に輝くMRバッジに気づき、続いて入館許可証と会社の名札をちらっと見てから、「このバッジって、皆あんまり付けていないですね」と声をかけてきた。

予想外の一言に慌てたものの気を取り直し、当社では訪問時の着用を義務づけていますと返答すると、「僕らの研修医バッジみたいなものですか?」と改めて質問してきた。いや、これは認定試験に合格すると全員がもらえますが、着用については各社や個人の判断ですと答える桜田MR。
そうか、俺はMRって資格職なんだよな、最近は忘れかかっていたけれど、そういうライセンスを有しているわけだ。医師の名札には循環器内科ではなく“臨床研修医”と書かれている。まだ研修医なんだ、この人。

「先月は、そちらの特別講演会に出ましたよ」と勉強熱心な様子の男性研修医は、新規製剤の処方量と相互作用についての鋭い質問を始め、社内勉強会で質疑応答をみっちり練習しておいて良かったと安堵する桜田マネージャーであった。
若くても医者って仕事は大変なんだろうなと思惑を巡らす中、男性研修医の左手薬指に輝く銀色のシンプルな指輪がふと目に止まった。この先生、若いのにもう結婚してるんだ・・・。
それに引き替え俺はいまだに式場巡りか・・・と表情が曇った桜田マネージャーの視線に気づいた男性研修医は、すらりとした左手で頬を軽くかきながら「結婚指輪は、勤務中も外したくなくて」と恥ずかしそうに微笑み、すでに2歳の女の子がいると告げられた桜田マネージャーの度肝を再び抜くのであった。
「学生時代、研修医になったら忙し過ぎて結婚式も挙げられないだろうねって妻と話していて。ただでさえ社会人になるのも医者は2年遅いし、バイト禁止で稼ぎが少ないのは覚悟してでも、学生結婚したほうが良いかって思ったんです。」

 毎日のように病院や診療所に出入りしていても、まだ知らない医師の世界って実はたくさんあるんじゃないかと、急に気になりだした独身三十路の担当MRであった。





<MRなら理解しておこう>
 医師免許を取得してから2年間、私も大学病院で臨床研修医という立場で新社会人のスタートを切りました。
 その後は経験者として“後輩”たちを指導し、臨床現場では協働して医療に取り組み、昔ながらの特異な医師育成システムの一部を微力ながら担ってきました。講演会で「次世代のターゲット医師として、臨床研修医にも積極的に接近すべきです」と語りかけても、多くのMRは捉えどころのないテーマというような表情をされます。
 そこで新年にあたり、オジサマMRたちが知っておくべき臨床研修医を取り巻く現況について概説しておきたいと思います。なぜなら、医師が初期研修を受ける状況というのは医療体制そのものの根幹に関わっており、しかも長年続いた医学部定員抑制政策から医師数の増加へと積極転換したわけで、6年制へ移行して飽和が懸念される薬剤師と同様、驚くべき業界変容を引き起こしうるからです。

 そもそも医療に関わる職種は何名が適正数なのかという議論は古くから行われていますが社会的意義に加えて、戦後の経済的復興や人口増加、医療技術の進歩など非常に多くの因子が関わっているため、我が国の政府・行政サイドでも明快な回答が出せない類の難題となっています。
 さらに現状の医療政策が考えうる中で国民にとっての最善案かについても、予想以上の長寿高齢化がもたらした財政的負荷に論点が集中しやすい。事業仕分けを見ていても「無駄を削れ」「必要な分野に重点配分を」「儲け過ぎの診療所から、経営が苦しい病院へ」と美辞麗句に近い要旨が飛び交うばかりで、医師にも色々な事情があって大部分は真面目に診療しているのだけどな、という実地感覚は忘れられやすい。
 何十年も解けない難題に対して、暫定的な解答を提示しているに過ぎないのでしょう。

 医療界には“変化は社会全体から10年遅れ”とか“医師の世界から激動が始まって他職種へと波及する”といった傾向があると、私は考えています。
 その昔、医局の冷蔵庫には缶ビールがたくさん入っていて、病院の当直医は夜間診療で疲れると一杯やりながら休息していた、という今では信じがたい時代もあったと聞きます。のんびりしているというか、ほろ酔い加減の医療行為でも患者が糾弾できなかった(一部では、許容すらされていた)医療界の苦い歴史もあったのでしょう。
 
 医師への緊急の呼び出し方法もポケットベルがせいぜいで、外科医の父が所用で不在の日に病棟からの呼び出し電話が自宅にかかってきて、応対する母が戸惑う光景は私の幼少時代にはごく日常的な出来事でした。たまたま地下鉄に乗っている担当医と連絡がつかず、病院側が困り果てる事例というのはかつて少なくなかったのです。

 しかし現在のように昼夜を問わず携帯電話で連絡が取れる場合、トイレにいても遠方の出張先にいても、院内勤務中と同じように医療連絡がかかってきます。パジャマ姿で自宅の居間にいるときも、担当患者の容態について正確な口答指示を求められる。これも医療行為です。白衣を脱いだら医師はお休み、という勤務待遇を手に入れるには診療現場を完全に離れて研究職に進むか、すっかり休職するしか選択肢がありません。医師は院外で人並みの日常生活を送っているときも、“社会的存在として医師であること”を求められているのです。
 一部の医師たちは他職種より収入面で恵まれているとしても、24時間にわたって医療過誤を引き起こしうる立場だという、極端にハイリスクな仕事であることは変わりません。行政側は一線の医師たちが背負っているリスク管理について、あまりに無頓着で怠慢だったと言わざると得ないでしょう。

<臨床研修医には厳しい時代>
 リスクには多種ありますが、若き臨床研修医たちがまず現場で面喰らうのは、病院側から自宅と携帯の電話番号を聞かれることです。
 病院支給というのは聞いたことがありませんが、働き始めるとほとんどの医師たちは自前の携帯電話に、公私ごちゃ混ぜの電話が昼夜を問わずに着信する事態となります。病院発信の電話を取るときに得体の知れない緊張感が漂うのは、いまだに慣れません。
 さらに不在で発見できないから仕方ないか、という諦めは現在の医療界では許されざることです。常に説明責任と結果責任を医師個人に背負わせる医療体制を続けてきた結果、慣れない業務に忙殺される臨床研修医たちを、公私の区別がつけられない厳しい医師人生へと巻き込む事態となる。


 勤続経験が浅い臨床研修医たちは自らを擁護できるほどの地位基盤を持ち合わせていませんので、医療界の不都合な激動を最初にかぶる役回りを負わされやすい。
 典型例が2004年度の臨床研修制度改定であり、かつてのストレート入局を廃止しようと新制度を創設したのが嘘のような方向転換ぶりです。振り回される臨床研修医たちがもっとも迷惑するわけで、医師総数を大きく増やす政策も重なって、将来的に専攻した科での競争も厳しくなると考えるべきでしょう。臨床研修中の立場が非常に不利なのは、何十年後も変化しようがない。
 けれども診療責任と公私にわたる時間的拘束感は、医師業の義務として当然のように求められる。エピソード内に登場する若手医師のように学生結婚をしたり、入局前に駆け込み的な結婚する医師たちが少なくないのは、不具合な医療現実を知った彼らの自衛行為かもしれません。

 ハイリスクとされる診療科を進路として敬遠する彼らを見てきた私には、それを糾弾するような気すら起きません。命に関わる仕事としての誇りを捨てずに、自分もどこまで持ちこたえられるのかを、多くの医師が自問自答しているわけですから。社会の無関心が、医療の将来を担う臨床研修医たちを追い込んでいるのは残念でなりません。
end

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