2014年8月17日日曜日

【同年代としての臨床研修医】新世代MR講座~ワカモノ編~ 第5回 2010年1月

  ある勉強会で

 お医者さんなのに綺麗な指だなあと、記帳をしている女性医師の手元をぼんやり眺めていた高槻くんは、隣で受付をしている川悦さんに愛用のローファーをがつんと蹴られてハッと我に返った。
 「ちょっと、どこを見て仕事してんの?」と不機嫌そうな先輩から小声で叱責された高槻くんは、いつも病院で手を洗っているのに先生方は綺麗な指をしている・・・と答えたところで、ハイヒールによる鋭い衝撃を足全体で受け止める羽目になった。

 「最近の女医さんはお洒落や美容にも手を抜かないんじゃないの?でも、それと今日の勉強会は何か関連があるわけ?」
 いや、ありません・・・とモジモジしている高槻くんは、次に現れたイケメンな男性医師に目一杯の笑顔を振りまき、懇切丁寧に資料を渡して案内を始めた川悦先輩の豹変ぶりに多少の不満を覚えたものの、黙ってやり過ごすことにした。

 今日は担当エリア内の臨床研修医たちを呼び集めて、各分野で著名な先生方から講義を受ける特別セミナーの日だ。会社後援の格安な臨床勉強会ということで毎年人気があり、準備にも結構な時間をかけたし、日曜日の朝から会場のホテルに出勤しているわけなので、これが盛況のうちに終われば期末で取りにくい有給休暇だって認めてもらえるんじゃないかな。
 えーっと、全部で52名か、当初の予想以上に集まったもんだ。研修医の先生たちって、学生時代から向学心にあふれてるんだろうな。

 「あの先生、服のセンスも良いし相当に格好いいじゃない。何で私の情報網から今まで漏れてたのかしらね。まあ、これからは年下男性でもOKという条件にしようかしら?」昼食の会場案内をそつなくこなして上機嫌の川悦さんに、彼氏のことを再び尋ねようとした高槻くんは寸前で思いとどまることに成功し、あのカラオケ店での古傷が急にうずき出すような感覚にさいなまれた。

 今回の勉強会は、担当MRと臨床研修医たちが宴会場に同席して一緒に昼食をとるという珍しいスタイルになっており、気合いを入れ直した川悦さんは後輩の女性MRを引き連れてターゲットのイケメン医師のところへ向かっていった。
 取り残されるのも悔しいしと高槻くんが後から慌てて付いていくと、その傍に記帳で見とれた指の持ち主が姿勢良く座っているのに気がついた。一瞬、悩んだものの自然な素振りを装って隣の椅子に座ると、高槻君は全ての勇気を振り絞ってその女性研修医に自己紹介をし、朝からお疲れ様ですとねぎらいの言葉をかけた。

 「ありがとうございます、MRさんも日曜の朝から大変ですね」とにっこり微笑む女性研修医の美しいまなざしに心を射貫かれた高槻くんは、研修指導体制や当直勤務の苦労、連日の病棟処置と手袋交換で荒れやすい手のケア方法などを、食事そっちのけで乾いたスポンジのごとく貪欲に聞き取り、まるで自分が医療ドラマの登場人物であるかのような錯覚に浸っていった。

 「そろそろ、午後の講義が始まるんですよね。高槻さんも、うちの病院を担当してくれれば良いのに」と意味深な言葉をかけられて、すっかり舞い上がったままMR控え室に戻ると、川悦さんたち女性MRが何やら真剣な表情で話し込んでいた。

 「いくら同年代でも不倫はマズイしね・・・、どうしよう?」とイケメン医師が妻帯者と判明した事実を嘆く川悦さんは、今後は既婚者対策を皆の討議課題にしようかと息巻いていた。
 新年からこれだもんな。今年も思いやられるけど仕事人は結果を出す人たちが偉いわけで、やよい先輩の営業成績は誰が見ても申し分ないし。あの女医さん、どんな風に仕事をしているのかな・・・。華奢な指に弱いんだっけ、と1月からの不思議な展開に公私の区別なくドギドキし始めた高槻くんであった。





 
分かり合えないワカモノ同士

 正確に言えば時間をかけて分かり合うような機会に乏しいのでしょうが、同じ20歳代~30歳の割に、臨床研修医とワカモノMRはお互いの存在をきちんと知り得ない立場にあるようです。
 高校の同級生や大学のサークル仲間に臨床研修中の新米医師がいて、たまに再会すると多忙な勤務と科別ローテーションを愚痴っているというのが、多くのワカモノMRにとっての共通イメージではないでしょうか?

 ちょうど1年前の“発展的MR論”では、ワカモノMRが医学部生の実習に参加して診療現場をリアルに学ぶというストーリーを取り上げたのですが、そういった深入りする関係性を前向きに構築しない限り、医師の人生、さらには初期研修に没頭するよう体制内で仕向けられている研修医たちの真実について、正確には理解出来ません。
 自社の営業成績を上げるための接待の対象が、通常外来を担当していない初期研修医のみという事例も稀でしょうから、上級医に引率されてきた彼らから少しばかりの話を聞く程度、それ以上の知識については限定的なはずです。

 これまで勤務してきた病院で臨床研修医たちを実地指導してきた私的な経験をもとに、MR向け講演で出会ったワカモノたちを見比べると、医療に関わる職種としてはもっと普段から交流を活発化しているのがベターなんだろうなというのが私の実感です。
 なぜなら医療界に続々と新登場する薬剤や医療機器については、資格別に育成過程の差こそあれ両者が“同次元でタイムラグなく学ぶべき事項”であり、販売側と使用側で情報の断絶や格差があってはならないはずだからです。
 重たくかさばる文書よりメールやネット閲覧のように電脳的で素早い伝達手段を好む世代であっても、臨床研修医とワカモノMRは知識面での不確かさや勤務経験値の低さを許容し合い、腹を割って話せば非常に良く共鳴できる関係だと確信しています。

 医療というビジネス界で、職種同士がなかなかそういった幸運に恵まれないのは残念でなりません。スキルを磨き合うには、ちょうどお似合いの仲になると思うのですが。

  新展望を探すべし

さらなる問題点はそういったお互いを学び合う機会を、ワカモノMRが育っていく過程で採用企業側がちっとも与えてくれないことにもあります。
どちらかと言えば本社の営業戦略では、一向に重要視されていない。日本のMR活動においての“大コケ&盲点”と糾弾しても、あながち間違いではないでしょう。もしも私がこの深刻さに気がついた現役MRならば、毎年8000人強が誕生している臨床研修医の対策を専門とする部署を社内に創設するよう強硬に提唱し、担当病院には同年代の男女ワカモノMRを集中投入。定期的な総括を繰り返して各科に進む有望な若手医師を選別し、医療現場の情報収集&将来的な医師ネットワークの構築に日々奔走するでしょう。

コスト意識を持ちつつ地道に継続すれば、10年後には驚くべき医師ネットワークへと成長し、自社の営業基盤を下支えしてくれるはずですから。一昨年、自社社員に対して“人財”という名称を使用している某企業で講演し、その意気込みに感心した経験がありますが、さきほどの私の発想は“医師版の人財”を全国で毎年作り上げるという意味になります。 これこそ積極採用で増加する一方のワカモノMRたちにとって守旧的営業からの現状突破、そしてMRという職種においての新展望ではないでしょうか。ワカモノだからこそ、ゼロから築きやすい。

 新社会人ならではの医療業界に対する戸惑いや漠然とした不安、さらにキャリア形成に対する展望の未熟さは将来の専攻科を悩む臨床研修医にも、予想困難な全国転勤に勤労する決意が揺らぐワカモノMRにも、重たくのし掛かっている人生の試練です。
 両者ともに年単位での特殊な医療体験をしていくわけで、そのスタート地点から協働してお互いを知り合えていけたなら、同業者内で常に偏りがちな視点の数々を修正するには好都合だと思います。当事者同士、可能な範囲までお互いの距離感を縮めていくことが実は求められているのです。

  MR版・もったいない

 有名なエコ標語だけでなく、ワカモノMRの皆さんは本来早めにゲットしておくべき医療情報網や交流機会のうち、かなりの部分を普段の業務内で気づかずに失っているのではありませんか?
 つまり医薬情報のプロを名乗るMRとしては、非常に“もったいない”。薬剤師やMSとの関係性にしても同様ですが、処方権限を握っている上に自社製品を支持してくれる医師とに関してはもっと強引に、関係構築に日夜積極的な“肉食系MR”であるべきでしょう。

 この空腹感を持たぬまま上司に命令されて得意先に出向く毎日を送っては、MRは前例を踏襲して型通りに、そして無難にドサ回りしていくだけの退屈な仕事になってしまいます。
 医師を詳しく知るという段階の中で、臨床研修医という相手はワカモノMRにとっては“若さ”を優位性に生かせる貴重な営業ターゲットです。一生懸命に担当エリアを回っていても知識面で院長や部長先生クラスには歯が立ちませんという場合は若手医師を、それも僕にはまだキツいんですという段階では社会立場的にも身近な臨床研修医たちに攻勢をかけてみるべきでしょう。
 高槻くんたちのように研修医セミナーを企画している会社に勤務しているならば、これこそ絶好のビジネスチャンスだと他の予定をキャンセルしてでも乗り込む気概が欲しいものです。

 ワカモノMRが臨床研修医から伝え聞き、学ぶことができる医療の実情は業界全体にとっての基礎部分でしかないかもしれませんが、年齢的に近い視線で共感できる大切な実体験でもあります。
 入社数年目の新鮮な感性が古めかしい医薬品業界の慣習に染まりきる前に、己にとって近距離の若手医師たちと前向きに出会っていくことは、きっと5年後、さらには10年後のMRキャリアを力強くサポートしてくれると思います。

 毎日をもったいない時間ばかりで過ごさず、自分だけのサポーター組織を手に入れるくらいの気概を持って、各病院の臨床研修医と接してみましょう。会社側が鈍感なために教えてもらえない医療の世界が、ライブ感の高い実践知識として、より早く皆さんの身につくことでしょう。



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