2014年7月27日日曜日

【宴席についての事業仕分け】新世代MR講座~オジサマ編~ 第4回 2009年12月号

<師走のある夜>
 12月になってからは週3日ペースで夜の宴席に出向いているせいか、普段は胃もたれなど感じることのない向井所長は、金曜日の20時を過ぎてさすがに胃腸の調子が厳しくなってきた。
 目の前にずらりと並んだ美味しそうな揚げ物類には意識して手を伸ばさず、あっさり味で油分が少ないであろうと思われる総菜類をせっせと探している自分の姿にあらためて気がつくと、いつもは体力自慢を誇っているはずが少々情けなくなってきた。
 高塩分・高カロリーに代表される食習慣の乱れと運動不足が結果的に脂質異常症をもたらし、恐ろしい心血管疾患の誘因となることは、スタチンなどの製品説明会でも日常的にアピールしている。そして脂質改善に劇的な治療効果をもたらす自社製品を喧伝しているのも自分たちなのだから、“師走の宴席続きによるLDLコレステロール上昇が1人の中年MRを心筋梗塞にしました”という悲しい結末にいたっては泣くに泣けない。来年の東京マラソンに向けて、また1月から走り込まないとな。

 「おお、今年も色々とお疲れさん!向井くんのところには勉強会の実務を頼んでばっかりだからねえ。私は幹事なのに、毎回準備をさぼっていて大変に申し訳ない!」
 焼酎の小瓶を片手に陽気な笑い声で話しかけてきたのは、地元で数カ所の病院を経営している医療法人の理事長だ。この人はもともと外科医だったそうだが、専門領域は・・・。あっ、肺だ。
 「先生、今年の地域連携勉強会でも見事な座長ぶりでございましたね。とくにアメリカから一時帰国中の教授がわざわざ出向いてご講演してくださったのも、まさにご高名な先生のご人徳があってこそでしょう。さすが、この分野の先駆けでいらっしゃいますね。」

 仕事による慣れというのは不思議なもので、どんなに酔いが回っても体調が優れなくても、医師の前に出ると自動的に問題なく喋れるような体質となっている。
 所長に昇進してからも多くの場面で役立ってはいるのだが、毎回ヨイショ的な言い回しになってしまうのは何とか直したい。こちらの理事長先生は、もう何年もオペ室に入ったことすらないという噂。
 でも明るく社交的な人柄なので、各社MRからは扱いやすさの上位にランキングされている。今年度は病院全体でうちの処方数も上昇してきたから、こうして忘年会にも部下と一緒に参加することにしたわけだ。

 「ところで向井くん、実は来週の薬審でおたくのスタチンが削除候補にあがるらしいんだよ。内科の先生たちが、もっと新しいエビデンスが出ているライバル製品を使ってみたいと言っているんだとか。まあ、卸値の問題もあってねえ。後発品も含めて院内在庫をこれ以上増やせないし、私も困っているところだ。」

 胃もたれが瞬時に胃痛へと変わったのを、向井所長は額に流れる汗で感じ取った。そんな話、聞いていなかったぞ・・・。おい、高槻・・・!!
 歌い踊り疲れて宴会場の隅で居眠りしている高槻くんは、そんな上層部の会話を知ることもなく、満足げな笑みを浮かべて次の社内表彰の夢を見ているのであった。

<師走はMRを映す季節>
 今年も忘年会の季節となりました。そして、各社MRには夜間帯の宴席という肉体的にも負荷の大きい出番が多くなる時期でもあります。
 かつて私が勤務していた施設では、部署別の忘年会には違和感なく各社の担当MRたちが参加していました。普段は白衣VSスーツ姿の医師とMRですが、温かい料理にお酒の酔いも手伝ってカジュアルな雰囲気で和やかに歓談できる機会でもありましたから、お互いの人柄を理解するには貴重な機会となったと懐かしく思い出します。
 今でも業務において宴席で医師を接待するのは結構好き、というMRは全体でも少なくないでしょう。ワカモノMRにとっては社外の年長者とサシで知り合える時間ですし、オジサマMRにとっては部下たちが普段から担当施設とどの程度親しくしているのかを判定する時間ともなります。また日常的な訪問では難しくなりがちな、近距離で時間をかけてのコミュニケーションが可能だという理由で、ターゲット医師を覚えるには千載一遇のチャンスと考えるのも珍しくありません。
 皆さんのスケジュール帳を見ていただければ、医師を含めた取引先との会食が入っていない12月というのは、営業職であれば稀なはずです。

さて、後援や一部負担など各種の参加形態を選ぶにしろ、医師と酒席を持つ場合、その費用は会社の経費から出るということになります。
給与から自腹を切り続けては各施設の忘年会に参加することは難しくなりますし、しかも競合他社が出席しているのに堂々と欠席を連絡するのも気がひける。横並びは嫌だけど、孤高の存在になるわけにもいかないなあという曖昧な基準で、今夜もどこかでMRが参加する院内忘年会が開催されているわけです。
「意外と楽しかった」などと翌日にワカモノMRが歓談していたり、認定試験を控えた新人MRが人員不足だからと急遽駆り出されたりと、悲喜こもごもの出来事が全国各地で繰り広げられているのですね。
おまけに、気乗りしないまま出席してみたら担当施設の裏実情が垣間見えたり、まだ公になっていない採用医薬品についての情報が入手できたりもする。自分の稼ぎではないお金で飲食することに当初は違和感を覚えたとしても、楽しい宴席であれば罪悪感もさほど残りません。
 医師にとっても接待を受けるというのは、決して気分の悪いものではありませんし、甘えっぱなしになっているのは見苦しいけれど誰も制止してくれる人がいなかったりする。それくらい、病院行事にMRが関わること自体は慣習的に長年行われてきたことで、この点に関しては内資も外資も関係ないのです。
12月は、MRの現況を映す鏡と言っても過言ではありません。





<接待を奪われたMR>
他方で、MR側から見れば一切の宴席参加を禁じられている公的病院や医療法人も存在します。かつて製薬企業向けの某講演会で私がパネリストとして発言した際、隣のベテラン医師が「私どもの病院は、何十年もMRと医師の接触を禁止してきました」と話しているのを聞き、壇上で思わず同調してうなずいてしまったことがあります。
つまり、接待や訪問を含めたMR活動によって診療に追われる医師たちから余計な時間を奪うのではなく、浮いた経費分を仕入れ値の下げ分に回して、“優れた医薬品を安く卸してほしい”という趣旨の発言でした。
仕入れ値が下がった差額によって病院が儲ける分については、設備更新や医師待遇の改善に充てたいという意味だと理解しました。ちょうど大学病院に勤務中で“みなし公務員につき接待ゼロ”の臨床医生活を送っていた私も、確かに一理あるなあとその場で深くうなずき、MRを頻回の接待行為や、非効率的で無駄な出待ちから解放するためには、医師との接触を全国で一斉に禁止すれば良いのではないかとも思ったのです。

製薬企業にとっては驚くばかりの発想でしかありませんが、多数の有力先発品の薬価が下がって医療費の自己負担が軽減され、患者さんのために低コストで良質な医療をもたらす結果になるのであれば、極論であっても完全な間違いとは言えないなあというのが当時の感想でした。

よくよく考えてみると、医薬品の製造者側が責任を持って処方者へ情報を伝達する意義は少々の値下げ分には勝るわけで、MRの存在価値を向上させれば、高給な人件費以上の素晴らしい波及効果を医療界へもたらすはずです。
ということで、私はその後も当誌の“発展的MR論”を通じて「接待行為のような己をおとしめる営業活動から、MRは早く足を洗ったほうが良い」という持論を展開しつづけることになりました。
医師として接待あり&接待なしの実体験を比較してみると、治療を受ける患者さんの薬剤費から発生したお金を使いながらMRを交えて高額な飲食をすることは、やはり道義的に大きな問題があると感じます。業界内での自浄作用に期待するほうが、いずれ外部有識者に糾弾されるよりもマシ、という意見も捨てずに私は講演のたびに発言し続けてきました。
接待という営業道具を奪われたら、MRがそろって不幸になるというわけではありません。
費用の検証効果が乏しく、再現性に欠けて肝臓でアルコールと一緒に代謝されるような慣習的営業行為に、どのような意味があるのかを遂に考え直す時期だと思うのです。最近の政権交代により後発医薬品推奨だけではない医療費抑制策と、さらなる医療の無駄探しが話題となっており、すでに雲行きが変わってきたのではないかと危惧しています。

今夜の宴席代、誰の財布から発生したお金で支払っていますか?
“患者さま第一”なんていう台詞が口先だけの言動になっていないか、MR業界の無駄探しにも早急に取り組むべきでしょう。

end

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