2014年5月8日木曜日

【惰性との決別   ~MRの現在進行形と、近未来~】2009年3月

今月のポイント
①深い興味を持った話題には日々のMR活動を見直すポイントが潜むので、組織に捕らわれず新しい発想を試みよう。
 MRも医療リスクと無縁ではなく、数字だけに埋没した営業感覚は将来的な自己窮地を招く。
③医療現場でMRを育て、医師のキャリア形成をも手助けすることは重要な社会貢献となる。

<変化を切望できるか?>
 「先生のお話を大変興味深く伺いました。是非、今後の社内研修に参考とさせていただきます。臨床をされている医師から、このような内容をお話いただいた経験がないものですから、本当に新鮮なご講演でした。」

 社内で研修部が用意したお決まりの参考書を使って勉強するよりも、毎日を現場で過ごしている医療のプロから最新の話題を伝えるほうが、抱え込んだ疑問の解決に悩むMRには有益だと思い、私の講演会では診療の実際にまつわるオフレコの話も交えています。
 そのたびに痛感するのは、有能なMRであっても医療現場の基礎知識が不足しており、企業側にも本気で改善しようとする前兆がないという現実です。自社製品に関係する詳細なデータに精通している割には、医療そのものに対する自信が持てない姿。おまけに医師の常識的な発想とはかけ離れた思考回路が出来上がっているせいか、入社すれば数年で保守的かつ標準的な営業人員に到達してしまっている。

素晴らしい治療薬のおかげで助かった生命を人間ドラマとして知りうる立場にいると、製造者たちはどうして売り上げの数字に陶酔してばかりで、診療行為の解釈を省略したまま営業活動を続けているのかとやはり納得がいきません。
でも現場にいるMRたちは、自らが“医療に貢献しているのだ”という誇りを捨てたくはない。患者の病状が良くなる様子について医師経由の間接的情報にでも一喜一憂し、決戦を控えたスタジアムに集結する観衆のように熱気を感じて、ともに高揚したいと願っていたりもする。

しかし製薬・医療機器企業の規模や製品分野に関係なく、“MR=営業要員”という固定概念にとらわれた各社の経営姿勢は、これまでに私が指摘してきた数々の矛盾を生み出してきました。
臨床医の“常識的な感覚”に基づけば不可解としか呼べない営業活動の数々を、現場MRがあまり違和感なく賛同してしまうというのは、MRと医師間に横たわる“危機の深刻さ”を意味しているのです。何も改革しないで現行型MRを増殖させれば、いずれ企業が努力しても解決困難な事態が訪れると予想される。
いや、実際にはすでにその渦中にあると私は考えているのですが、果たして事態の深刻さを経営陣がいつ認識するのか、ということでしょう。MR経験がなく部外者である私が医師視点で指摘している問題点に、多くのMRが「実は私も同感なんですよ、先生のお話で解決の糸口が見つかりました。」というのは本来ならば不必要な気づきなのです。MRを指導するMRが矛盾点を自ら修正し向上させてきたならば、この連載もおせっかいな妄言で済んでいたことでしょう。

ハッと自覚を新たにした瞬間に変化したいと切望しなければ、皆さんには数年以内に不可避な医療リスクの嵐がやってくるかもしれない。
所属してきた組織が崩壊する可能性だってある。適応力の乏しい現行型MRとして危機に直面したら、どうやって生き残っていきますか?

<医療リスクに備える>
 あなたの会社のベストセラー製品に突然、マスコミから薬害の可能性を指摘されたと仮定しましょう。
 いや、これは累計で何千億円も売り上げた自慢の製剤で、特許切れまで何年も残っているし、製造ラインだって最新鋭。まず間違いなく「そんなはずはないよ」と最初は否定するでしょう。これまで“自社製品を支持する営業”を何年も教育されて給料をもらっているわけですから、たぶん私がMRであっても同じ発想をすると思います。

そんなのは悪意を持った(他社リークの)言いがかりだとか、エビデンスが不十分だとか社内で侃々諤々の議論が巻き起こり、「当社は製品の安全性と市販後調査に十分な配慮をしており、これからも世界中で医療に貢献すべく、日夜研究開発に邁進していく所存です」といった広報も出る。まさかうちの製品に限ってね、と経営陣も含めて、ほとんどの社員が否定的に捉える。

 けれども、だんだんと薬害の証拠となりうるような文献が出始め、それが別の薬剤との長期併用によるものでは?と疑われ始めた。
 社内で明らかになったのは、開発段階で相互作用による副作用の可能性が否定しきれなかったものの、軽微なリスクだと正当に決定されていたという経緯。
 それなのに世界中の営業拠点は薬害訴訟の危険性を報告し始め、得意先の医師たちからも質問攻めにあうようになる。いや、それはまだ正確な証拠が掴めていないわけですよと釈明に追われる日々。うちの看板製品に限って、製品回収が起こるわけがないじゃないか。どこのマスコミだ、そんな話を流しているのは!あれれ、同じことがさっきの社内メールに書いてある!なんで、うちの会社がこんなことに・・・。

どんなに素晴らしい効用の製品を揃えていても、こういった回避したい事態が起こりえます。漫然と月別の売り上げ額と前年同月比のグラフと、自分のノルマを眺めて働いていたら、自社を揺るがす緊急事態にどう振る舞えばいいのか分からなくなりますね。

おいおい、うちの会社は特許切れの準備にも追われているのに、薬害訴訟の費用負担は大丈夫なのか?相互作用による薬害なんて、そもそも想定していなかったぞ、やっぱり処方した医師の責任なんじゃないか?MRたちが右往左往しているうちに、状況はさらに厳しい局面へと移っていく。

 誰が望まなくとも、予測できない多くのリスクを抱えて成立しているのが医療なのです。
 この数十年で新規開発された医薬品は近代医療に素晴らしい貢献をしてきた反面、副作用に苦しむ人々を少なからず生み出してしまいました。医師を含めた医療者も、己の仕事が誰かに思わぬ危害を加えてしまう可能性を背負ったまま、今日も暮らしています。ではMRを含めた企業側はどうか?

 私が講演の中でこういった医療に携わることのリスクを指摘すると、聴講しているMRは衝撃を受ける場合が多い。
 「まあ予想していないとは言わないけれど、薬害なんて可能性が低いことだし、一個人には無関係でしょ」と内心で思う。確かにMRとして個別責任は追及されないかもしれませんが、多くの人命の上に存続する製薬会社の一員としては、無視しても良い軽微な不幸なのでしょうか?そんな惰性に流されるような発想をするとしたら、MRを目指した頃の熱い意気込みはどこに消えてしまったかと心底悲しくなります。

 ちなみに私は医師賠償保険に加入しています。これは医療訴訟に備えた内容で、仮に医療裁判で敗訴したときに、億単位の賠償金を支払えなかったという顛末を回避するためです。多くの医師が加入し毎月の保険料は掛け捨てですが、これを無駄な出費だとは到底思えません。医療者である以上、想定できなかった医療ミスを起こしてしまい、裁判で争うリスクから逃れられないわけですから。

<現行型MRの限界>
 MRにも共通のリスクが潜んでいるでしょう。
 組織に所属するMRの場合は、先に述べたように薬害などで企業体そのものが存続できなくなる、という破綻リスクです。過去にも吸収合併で消滅した企業は複数ありましたし、今回の金融不況を契機として世界的には医療費抑制政策がさらに推進されると考えるべきでしょう。
 では伸び盛りの後発医薬品にシフトしていけば安泰かというわけでもなく、多数の競合企業を抱えた市場ではお互いの体力勝負の様相を呈し、卸を巻き込んだ熾烈な生き残り合戦に陥る。

次のキャリアを目指すべく虎視眈々と準備を進めてきた場合でも、他社を含めて売り上げが落ち込み人員削減に拍車がかかれば、MRのスキルを磨くための転職どころではありません。
この連載を始めた13ヶ月前と比較するだけでも、多くの大手製薬会社がパイプラインと先端技術の獲得を目指して同業他社の買収を行い、世界中で様々な医療事件が起こり、危惧されている新型インフルエンザを含めて医療の将来が予測しにくくなってきました。“現行型MR”が数年後にも安泰で存続できるかは相当に怪しい、と判断するべきでしょう。

 つまり、伝統ある業界が作り上げたMRという職種はプロパー時代よりも格段に情報専門職として洗練されてきたものの、医療現場を実直に学ぶ機会を自ら逃し続け、利益の巨額さに酔って多くの矛盾を放置したまま存在しています。
 企業は惰性に流されるまま医療リスクに無免疫の営業人員を多数抱えてしまい、難解な科学的マーケティングに熱中し、面倒な医療の本質に飛び込むことを回避してきました。

 要は「儲からない事柄に熱心になってもねえ」という本音を素晴らしい宣伝文句で覆い隠し、シェア拡大および競合他社との駆けっこに明け暮れてきた結果、そもそもこの企業はなぜ医療界で存続しているのだっけ?という根幹を忘れている。

 結局のところ製薬・医療機器業界は、無意識に営業活動のつじつま合わせを繰り返す状況にお別れを告げて、新しいビジネス段階へと進まざるを得なくなったのです。

その答えは明快かつシンプルです。“MRは必ず医療現場で研修する”こと、“企業は医師を育てる事業にも取り組む”ということです。これだけで、医療にまつわる多くのリスクを軽減し、MRの質を格段に向上させることが出来ます。

前者はこれまでの連載で述べたように、MRが患者の人生を正面で目撃して“医療の本質”を学ぶことを意味します。いくら詳細に数字を追いかけていても、自社製品が世間で支持される理由は体得できません。ならば患者から直接聞くことが可能な距離までMR自身が接近するのが最善の策です。法的な問題を整理して、早期に実現する必要があるでしょう。

“医師を育てる”というは何のことやら?と疑問に思われるかもしれません。これは少しハードルが高い取り組みですが、実現させる意義は大きい。

臨床研修制度の必修化だけで日本全国の医師配置が変動してしまったように、昨今の医師を取り巻く環境は恐ろしいまでに流動的となっています。
厚生省時代から国は“将来的に医師が過剰になる”と主張して、医学部定員を抑制し続けてきました。国公立・私立の区別なく総定員を制限してきた結果、先進国の中でも人口比で医師が少ない国であることに拍車がかかり、差し引きでは医師総数は増加しているのに医療現場では臨床医の不足が著しいという謎の事態に陥りました。

しかもバブル景気の崩壊後、生涯資格職である医師は人気が上昇し女性志願者も増えて、今や新卒医師の約35%が女性です。
となると男性医師は残りの約65%であり、総数が変わらなければ毎年の“新卒男性医師は減少傾向”ということになります。この結果、高学歴者である女性医師が対等な立場を望んで男性医師と結婚する割合が昔よりも格段に増え、医師という守旧的な男社会で夫婦そろって共働きすることが困難になってきた。育児期間であれば、若い両親が幼児を抱えたまま病院にフルタイムで勤めるのは至難の業です。
医師の家族は親が医師である場合も多く、3世代が一体となっては公私が両立できない。結局、若い母親である現役の女性医師が離職せざるをえない事態となっています。以前から男性医師の多かった拘束時間の長い診療科では、新卒者が敬遠している上に総数が減少しているのでどうしようもない。

 これらは机上の想定に熱中して政策を作り、若い医師たちがどのような人生判断をして成長していくのかをスッポリと忘れていた結果です。
「厳しい環境にこそ医療のやりがいを見つけて、献身的に働いてほしい」と国側が空想しても、日々苦労する先輩の後を追いかける勇気を持てと言うほうが酷です。そもそも医学部受験の時点で、若者が理解できるような単純な構図でもありません。

 封建的だと非難され強固だった医局制度は近年、弱体化しており医師のキャリアを学位で半強制的に縛ってきた時代も終わりつつあります。
 医学部制度はこれからも存続しますが、全国の医局組織が危うい。となれば、長年にわたって医師と関わってきた製薬企業が先陣を切って、医師のキャリアを支援する新しい業態を打ち立てれば良いのです。

単なる転職紹介ではなく、各分野でエース級の医師を長期間育成するエージェンシーを創設すれば、社会に与えるインパクトは絶大です。そしてMRは医師を育て上げる腕利きの頭脳型エージェントへと新しい進化を遂げてみましょう。復職に戸惑う育児中の女性医師を専門にしても、非常に有意義なはずです。

 新卒医師が技能を身につけ職業人として洗練されていく過程をエージェントのMRが一緒に歩むことで、その質は単なる営業人員から劇的に向上せざるをえない。医師の思考過程や人生を学ぶには、多くの医師を間近で知る必要があります。しかも一流の社会人を育てるならば公私にわたる手厚い助言と、資金面での投資が必要なのです。
 単に廊下で楽しく雑談するだけの自社ファンを増やすのではなく、医療に関わる2つのプロである“MRと医師”のエース級を育成することが達成できたなら、それこそ医療の本質に迫る。従来型の医局組織をも補完しうる戦略的な組織になります。

 こういった常識外れで唖然とするような着眼点も、長年にわたり膠着したままの業界には欠かせないと私は考えます。
 MRには社会での必然的な役割があり、その職業的な発展を切望するとき、上層部と現場は離反せず共鳴して動き出すべきです。
 素晴らしいアイデアと渇望を秘めている個々のMRが、誇りを胸に変革の声をあげる日。もはや、意味もなく遠ざけているのは止めにしましょう。
 惰性に流されることを希望してMRになったわけではないのであれば、私が連載で指摘してきたことに厳然とした反論も加え、組織の歯車ではなく一人のプロとしての権利と思想を主張すべきでしょう。
 あなたのMRとしての近未来は、もっともっと輝くべきなのですから。
(end)

 


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