2014年3月8日土曜日

【魅力あるプレゼンテーションのイロハ  ~付加価値を持ったMRになろう~】2008年8月 Monthlyミクス掲載

今月のポイント
 製品プレゼンテーションでは、魅力と伝達力の両立が重要
医師はMRの知識を得て医療を補強できるのだから、常に情報の“ストライク”を狙って付加価値を創出すべし
医薬品はそれを必要とする患者のために存在する、という大前提を忘れないこと


 <ある日の夕方>
 誰もいない会議室で愛用のノートパソコンを起動して、プロジェクターの調整を順調に終えてから、天井を見上げてふうっと深呼吸をする。
 今日は発売されたばかりのうちの新製品を、海外のエビデンスと合わせて担当病院で最初にプレゼンする日だ。“朝駆け夜討ち”みたいに待合室や医局で先生を追いかけ回す日々だけれど、ちゃんと時間があれば練習しているプレゼン能力を発揮できる。何せ先月のノルマが悪くて怒られたばかりだし、後輩から真剣に同情されているくらいだから、この病院で取り戻すきっかけをつかまないと。

 開始予定の17時を過ぎてから、数人の医師がバタバタと足早に部屋へ入ってきた。
 こちらを気にかける様子もなく、机に置かれた社名入り封筒を無造作に開けて、配布資料とノベルティグッズをいじっている。「ヘンなのも作れるんだねえ」と談笑する医師たち。
「A先生は午後の外来が長引いているんです、お待たせしてすみませんね」と言われれば、こちらも礼儀正しく待つしかない。
 その後も他の医師たちが順次やって来て、最後にA部長が颯爽と現れた。地元医師会とのパイプが太いと評判なので、この先生は“おさえるべき”ターゲットだ。
 「遅くなってすまんね、B君。じゃあ始めてくれる?」
 この後に別のクリニックで面会の約束があることを気にしつつも、営業所で綿密に修正した内容を念頭に置いて、B氏の15分ステージが開演した。

 「えー、本日は弊社から新発売となったばかりの経口血糖降下薬“マンスミクス”の製品説明および、すでに欧米で先行発表されている大規模スタディなどを提示させていただきます。この製品はこれまでの抗糖尿病薬をさまざまな面で凌ぐと期待され、新たな作用機序をもとにしており・・・」
 このプレゼン実現のために分厚い学術資料と何時間も格闘しただけあって、彼は集中力を保ってスラスラと華麗に説明していく。
 これは当社にとって次世代定番薬に育つと期待される強力な大型新薬であり、同様の作用機序で先行発売を許した他社のルゼビアに負けない強固なエビデンスが欧米で出揃ってきている以上、3年後には日本で売り上げ規模500億円を達成しなければいけない・・・。

 いや違う、これは社内の営業戦略会議で出ていた話だ。
 あやうく全部、素直に喋ってしまうところだった。

 「高リスク群に分類された群では、HbA1cの確実な長期低下傾向により脳血管合併症が22%減少して・・・
 ここを一番強調してプロモーション活動しろって言われている。この新薬の宣伝には絶対必要なエビデンスだし、うちの糖尿病定番薬は特許切れが目前に迫っているんだ。社内でも後発医薬品発売による売上減は“新薬でカバーしろ”“訪問回数と気合いで抑え込め”って、妙な精神論が出てるしな。何でいつも所長は体育会系の発言ばかりなんだろ。

 少し早めに終わったものの、予想以上の出来栄えに、ほっと安堵するB氏。上手くいった。
 「では、ご質問がございましたら・・・」
 一瞬の静寂があってから、A先生が発言した。
 「あのさあ、これってこの前のルゼビアの説明会でも質問したことなんだけどね」

 うんっ?またルゼビアは説明会をこの病院でやってるの?

 「結構、アジア系人種で肝機能障害の発症率が高いみたいな話が出ているよね。そのあたりは日本人でどの程度まで分かってるんだっけ?」

 えーっと、確かここに社外秘のスライドが・・・、あれ、このフォルダじゃない?!カチカチと懸命に肝機能障害を示すスライドを探すB氏。ええっと、あっ、こっちのフォルダだ。
 「先生、このようにルゼビアでも3.4%でASTALTの上昇がありますが、当社のマンスミクスでも3.8%となっておりまして、作用機序も類似しておりますしとくに有意な差はないかと思われます」
 そうか、というような表情のA先生。
 これは社内の事前ミーティングでも問題になった副作用で、“競合薬と比較して肝機能障害が特に多いわけではない”と学術部が説明してたな。でも、欧米との人種差っていうのはあるのかも。

 「あとね、この機序の薬はスタチンとの相性が悪いんじゃないかって話が、2年前のNEJMに出てたよね。長期の併用は望ましくないし、有害で意味ないんじゃないかって。そのあたりは日本での発売前に解決したの?」

 バチンっと強い電流が身体を通りすぎたみたいに凍りつくB氏。えっ、分からない・・・!そんな話、もらった文献でも見かけなかったけど・・・。そうなの?

 「あいにくその資料は本日、持ち合わせておりませんので・・・。いそぎ調べまして、先生にご報告いたします」
 真青になりながらも、何とか取り繕うB氏。それって他の雑誌にも載ってたよね、と小声で話す同席の医師たち。

 硬直して直立不動のB氏に二コリとA先生が言った。
 「いや、別に詳しくなくても、おおまかに教えてもられば良いんだけど・・・」

 その後のB氏は、次のアポイント先に呆然自失のまま向かったという。

<おこりやすい展開>
 私は医師として各社製品の説明会でMRのプレゼンテーションを何回も聴いているうちに、ある傾向に気がつきました。
 それは、不自然なほど説明が理路整然、しかも筋道立っていて、“とても良く出来ている”という共通点でした。「当然でしょう、ちゃんとうちの学術が調べているんだから」と思う方もいらっしゃるでしょうけれど、医師として他分野の様々なエビデンス資料を読んでいると“自社製品に都合のよいストーリーを描くために、脚本を修正するようにエビデンス説明を組みかえてしまう癖”があるように感じるのです。

 これは数社の営業所でプレゼンテーション練習をお手伝いしたときも同じでした。
 MRはアピールしたい重要点について各自がこだわるあまり、日常的に患者を診療している立場から聴くと“美辞麗句”が並んでいる“綺麗なプレゼンテーション”を無意識に作ってしまう習性を持つらしい。職業的に最初からそう訓練されたのかもしれません。

 現実の医療はそんなにシンプルで分かりやすい(つまり、文献でまとめられる)世界ではありませんから「いや、そういうのは現場の医者にとって常識だから、強調しても納得できないでしょう」と指摘すると、MRから一斉に驚かれる。
 情報を正確に伝達すべき相手、医師や薬剤師が求めている知識水準に対しては、見事なストライクで医薬品情報を投げ込むというのがMR活動の原則ですが、なぜか途中から鋭く曲がって打ちにくい変化球だったり、明らかなワンバウンド球だったり、はたまた遠くバックネット方向だったりと、MRの“情報”投球は医師側から冷静に眺めても“不可思議な状況”が全国で多発しているのではありませんか?
 お互いに有益で迅速な情報交換を行う場面では、MRの熱く一途な想いがあっても、まずは相手の打ち気を誘わないと真剣勝負になりません

 今回のB氏は、かなり上手にA先生たちのストライクゾーンを攻めていたわけですが、視界に入った電光掲示板にライバル会社の姿を発見したり、守備態勢に入る余裕もなく想定外の鋭いピッチャー返しを浴びて、すっかり腰が抜けてしまった。概説で良いと言われても、未収集の知識には柔軟に答えられない苦境。
 でも、こういう試練には日々皆さんが直面しているわけで、“精神論”を掲げて営業所内に鎮座する鈍重なコーチ陣や監督が頼りないままに、ずっと一人でマウンド上に立ちつくすわけにもいきません。次に対戦する強打者たちも控えているわけで、医療界のプロ同士の試合で勝ち抜くには“魅力あるプレゼンテーション”を駆使して自分が攻めやすいストライクゾーンに医師(あるいは薬剤師)を“誘い込む”技術が必要になります。
 相手の打ち気を誘うプレゼンテーション、皆さんは達成できていますか?

<魅力と伝達力>
 医師がまだ知り得ない事柄をアピールできたとき、それがMRの“付加価値”のひとつとなります。
 研究にも精通し、丹念に医学雑誌を読み込んでいる医師が相手では、それなりに準備された会社提供の資料を暗記してもボロが出かねません。仮に明らかな欠落が隠れていたとしても、MRばかりの事前練習中には誰もが気づかない可能性がある。
 よくよく考えてみれば、“完璧な”プレゼンテーションなど最初から存在しないわけです。引用した文献に誤りが隠れていても、数年後まで誰も発見できないこともある。これまで自信をもって担当病院で説明してきた事項が間違いを含んでいた、という経験はありませんか?医師も同様で、別に“完全無欠の情報”を常時揃えてほしいと希望しているわけでもない。取捨選択するのは自分の責任です。

 とくに重要なのは、MRのプレゼンテーションが多くの医師にとって公平に“魅力的”かどうかです。
 該当製品についての知識や使用経験が乏しい場合、医師も曖昧さや使用不安を持つわけで、説明会のように質問しやすい状況ならば遠慮なく訊いておきたいと思う。そこは患者の面前ではないし、知らなくて大恥をかく心配も少ない。

 「自分はあんまり知らないだけどさ、この薬って・・・」と、驚くほど実直な問いかけを受けた経験はMRであれば数多くあるでしょう。
 “このMRになら質問しても大丈夫”と認識されたなら、医師は問いかけることを遠慮しません。その過程においてMRの保有する学術知識と自らの医療知識・経験を照らし合わせ、詳しい配布資料を読んで、ちょっとした勘違いや古くなった情報を適宜補正していく。何を害することのない、とても有意義な知識交換作業です。

 そしてMRは医師の信頼たる情報源となることで、自らの付加価値を創出し職業的なやりがいを得ます。
 活躍する現場の医師たちも知らない深い医薬品知識を持ち、それを的確に伝達する。理解・納得されることが、結果的として当該医師たちによる自社製品の処方数を増やすかもしれない。己の手によって診療行為はできなくても、それを確実化・支持し、継続的な行為にしていくきっかけをバッターボックスの医師に向かって投げているわけです。

 魅力は受け手の個人差に影響されます。
 にこやかな説明を好む相手、あるいは細かい数値にこだわる相手であれば、それを柔軟に見抜いて対応する必要がある。場の雰囲気や反応、興味なども肌で感じて随時、修正していくことで職業人としての“魅力”が増していく。周囲からの評価も高まる。
 
 ただし、“伝達力”についてはMRが皆、高い水準で保有しなくてはいけません。どんなに切れ味鋭い訴えであっても“結局何が言いたいのか分からない”“都合よく解釈して喋っているんじゃないか”と受け取られては魅力も半減します。

 私はMRさんのプレゼンテーション練習には、医師の協力があったほうが良いと考えています。
 社内での準備においては、経営トップから示される売上目標額の数字を必ず達成しようと“売れる特徴”や“売りたい気持ち”が前面に出てしまいやすく、医療の実責任を負う医師からすれば“貪欲な”姿に映るからです。せっかくの職業努力をそんな風に低くは見られたくないでしょう。

 医薬品は、治療を必要とする患者のために存在します。その重大な情報部分を担うMRは、医師に自意識過剰で、卑屈になりやすい面がある。
 でも投球の瞬間、ズバッと回転鋭い直球がど真ん中に来たら、打ち気の有無に関わらず医師は唸ってしまいます。そんなプレゼンテーション、良いですよね。

(end)

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