2014年2月22日土曜日

【医療現場は戦場である 〜本質を知るということ〜】2008年5月 Monthlyミクス掲載

今月のポイント
① 日常的に見ている光景から医療の外観は見えるが、その内面の本質を探る努力を続けよう
②患者がいないオフィス内では、現場に適した感覚は磨かれにくく、MRの成長性を妨げる

③現場を可能な限り近い距離から知り、自信を持って医療を“語れるMR”を目指すべき

<ある日のMR
 机の上に積み上がった資料を手早く鞄の中に詰め込むと、同僚への挨拶もそこそこに、慌ただしく荷物をまとめて営業車へと乗り込むワカモノMR
 「今日は担当施設回りが午前中に多いから、渋滞を上手く避けながら効率よく行かなきゃ。この辺りは最近、一戸建て住宅が増えてきたと思っていたけど、今度は大きな医療モールが出来るんだね。」
 幹線道路で信号待ちの間に、向こう側で建設中のショッピングモールを眺める。調剤薬局チェーンが、医療モールを整備しているという噂だ。
 「うちのエリアでも長時間労働を嫌って勤務医が開業志向になっていると聞くし、前の担当施設にいた内科部長も遂に医局を離れて開業したとか。ショッピングセンターにクリニックが誘致されると、買い物のついでに診察も受けられて便利だもんな。」
 医療の重要点は、何はともあれ利便性なのかな、と何気なく思うワカモノMR

 大切なお得意様で、朝早くからも患者さんが並ぶ某診療所に到着。
 もう3代続く、この地域では有名な内科医院で、今の院長先生は若い割に優秀で、お年寄りからの評判が良いとか。
 今朝アポイント無しで来たのは、先生の行動パターンがだいたい読めるようなったからで、顔見せ程度でも、うちの会社の存在をしっかりアピールしておくため。最近は、他社さんも頻繁に合剤のコールをかけているんだよねえ。

 しばし、外来の待合い室で座っていると、いつものように院長先生がのそっと出てきた。さて、勝負どころだ。
 「先生、いつも大変お世話になっております!今日も患者さんがたくさんいらして、朝から大忙しですね!」
 少し顔色がさえない院長先生。
 「いやさあ、実は昨日から親父の具合が優れないんだよ。まだ現役でやれるって本人が言うから、名誉院長になった後も往診を手伝ってもらっていたんだけど・・・。さすがにもう歳だし持病もあるし、無理はしないようにして欲しいけど、再開発地域で新しいクリニックが増えてきて患者の獲得競争も激しくなってきたから。この地域で何十年もやってるし、最期まで診てほしいって依頼が親父に来るんだよね。今の院長は俺なんだけどなあ。」
 苦笑しつつも、少し誇らしげな院長先生。
 「でも、診察室みたいに賑やかなやりとりが出来ているうちは、患者さんも皆それなりに元気だと思うよ。そうそう、おたくで新発売の薬、この前使ってみたよ。」
 
 重点薬剤の新規処方を確認して、内心でほくそ笑むワカモノMR
 そういえば、この診療所の2代目はいつも大きな診察鞄を抱えて夜中も往診していた素晴らしい先生だとか。
 今は心臓の持病があるらしく無理はできないけれど、この地域では知らない人がいない本物の名士だ。高齢になっても、ずっと愛される先生って凄いな。

 用件が終わってからは、いつものように移動開始。
 特約店でMSとの打ち合わせを挟みつつ、エリア内で一番大きな総合病院へと到着。
 こちらは数年前から病診連携に力を入れていて、夜間でも緊急入院を積極的に受け入れており、近隣の開業医から信頼が厚い施設だと聞く。

 いつものように医局前の狭苦しい定位置に着くと、今日は診療部長がすぐに現れた。
 「本日もお疲れ様です!うちの新製品は、その後いかがですか?今度、また大規模なエビデンスがヨーロッパで発表になりそうなんですよ。」
 何やら元気のない診療部長。
 「おたくはいつも威勢がいいね。いやさ、この前の医師会ゴルフのときに出た話、本当になっちゃったんだよ。まさかなあと思っていたら、変更なく現実になるとはね。うちの事務方も厳しいもんだよ。まあ、病棟が看護師不足でパンク寸前だし、外来も待合い室から溢れそうなくらい患者さんが多くてさ。」

 この先生は臨床でも研究面でも全国的に名が知られているKOLの一人で、うちの会社でも時々、パネルディスカッションなんかを依頼している。
 人間的にも大きい雰囲気がする素敵な先生だと思う。そういや、開業医からの患者受け入れ数が限界に届きそうで、しかも病状が落ち着いても療養型への転院先がなかなか見つからないから、事務方で紹介受け入れを制限するかもしれないって話が出ていた。
 でもこんなに大きい総合病院で、ベッドだってたくさんあるのに何で患者さんを断るんだろう?考えても、いまいち腑に落ちないワカモノMR。そうだ、後で先輩に聞いてみよう。
 再来週の講演会の案内を熱心に手渡し、また次の施設へと急ぐのであった。
 
<外から見えにくい医療現場>
 さて、この話の中で最も困難な状況というのは何でしょうか?
 新規開業が増加する中での患者獲得競争、開業医(GP)の継承、在宅介護推進による往診医の負担増加、急性期病院での急患受け入れ要請の増加、あるいは長期療養型病床の不足などいくつもありますね。
 中には朝から忙しく飛び回るMRの、仕事スタイルを挙げる方もいらっしゃるでしょう。

 でも私であれば、このワカモノMRが診療所や病院で起きていることを“実際に目撃していない”または“現場に直接いない”点を挙げます。
 あくまでも医師からの伝聞に情報源を頼っているので、正確かつ客観的には医療現場の潮流を把握できていません。
 医師以外にも看護師は71看護導入による転職者の増加、薬剤師は薬学部が6年制に変更されたことによる将来的な新卒者減少など、この数年で医療業界には大きな変化が起き始めています。これらの医療制度変更は処方箋様式や薬価改定の方法にも及んでおり、今年度からの後期高齢者医療制度および特定健診・特定保健指導の開始など、厳しい社会保障費抑制政策と合わせて、MRの未来にも甚大な影響を与えます。

 問題は、それらに先取りして気づき、どの医療関係者でも納得しうるような明快な現状理解が、MRも出来ているかでしょう。
 MRは診療に直接従事する立場ではありません。そのため、立派なビジネス理論を身に着けて難解な医薬品知識をモノにしていても、“では、医療現場って何?”という根本的なことが実はとても答えにくい。

でも、これは本来おかしな事態です。
MRが扱う自社製品は患者の体に直接使用されているのであり、患者は医療の中心に位置します。扱う製品を日々使用してくれている患者を、外堀を隔てて遠く眺め、風向きや日当たりや歓声で内部の様子をうかがっているような不思議な状態なのです。医療の真ん中を、目撃して知ることが難しい。医師が医療の中心に関わり、生きた情報を毎日のように得ているのとは様相がかなり異なります。
 そして情勢以上に、医療現場については医学部生よりも分かっていません。
 “患者のために”という標語を全社で掲げていても、物理的距離が患者と接近しているわけでもない。医療に貢献したいというMRの気持ちが前のめりにあっても、実感と経験が伴わない以上、それは社員を鼓舞するためだけの心地良いフレーズです。

 では、実際の患者が見えなければ、MRはどこに判断基準を置けばよいのでしょうか?「そうか、やはり具体的な数字だよ」となる。売上高、純利益、特許期間、シェア変化、コール数、社内での成績など、仕事のあらゆることが数字で表現されて、皆さんの会社を動かしています。
 数字というのは裏切ることのない存在、いわばビジネスにおける真理だとも思えてしまう。製品別で社内上位25%に入りたい、インセンティブ旅行を得たいなどもありますね。
 しかし医療はあくまでも人間という有機的で数字化できない存在を対象としています。数値だけでは、複雑な真実の一部分しか表せない。

<医療とは人生の葛藤である>
 私がこれまで各社の営業所に出入りしてきて、もっとも違和感を覚えるのは社内の雰囲気に“医療っぽさ”をほとんど感じないことです。
 おかしな言い方かもしれませんが、そこに患者の“人生”や“喜怒哀楽”を想像させるきっかけが存在しない。壁には見事にデザインされた講演会ポスターや製品概要、入口には山積みになった各製品パンフレット。応接室や会議室もきちんと整頓されており、綺麗すぎて無機質にすら感じる。

 「オフィスなんだから当たり前でしょう」というのも理解できます。
 けれども、担当施設から帰ってきて一番ホッとするのが自分の机についた瞬間だったら、それは何故なのでしょう?上司の鋭い視線が気になるとしても、医師に睨まれないから?

 医療現場とオフィスで最も異なるのは、そこに“患者の人生があるかどうか”です。
 いつも病室に出入りしていれば、ベッドには患者という人間がおり、多くの病気への苦悩や困難を抱え、それを支える家族らの葛藤もひしひしと感じます。
 あくまでも医療現場は病気と闘う“戦場”であり、無事に打ち勝って日常生活へ戻る人から、無念にも生きて帰れなかった人までが混在していて、毎日がピリピリとした混沌と変化に溢れています。

 医薬品や医療機器を用いて治療をするというのは、優秀な武器を持って病気に立ち向かう、そして難局にぶつかっても希望だけは捨てたくないという実直な試みの連続です。
 自らの頭脳と技術で疾患と向き合い、患者という人間が病気から少しでも解放されて欲しい。日本では、多くの真面目な医師がそういう職業的使命感を捨てずに努力している。

 もちろん、MRも同じ“医療に貢献したい”という熱意を持ってこの仕事を続けているのでしょう。会社組織の一員としてだけでなく、専門的なスキルを身につけた医療者として活躍したいという欲求は、驚くほど高い。

 ですから病室や診察室と違って、患者のいない綺麗なオフィスの中では実感できない医療現場の本質を学ぶ機会を増やすことがさらに必要でしょう。
 MR認定試験には、学術・製品知識だけでない本格的な“医療現場体験”も含めるべきです。制度的に難しいというのは製薬業界なりの言い訳でしかなく、本当の医療者を育てるのであれば医学部生と同じく、毎日を現場で過ごさせ患者と向き合わさせる体験が必須です。何となく遠巻きにしていては年単位で努力しても本質は理解できない。変えていくのは製薬業界として、今からでも決して遅くはありません。

<現実は近い位置から見るべき>
 今日も多くの薬剤や医療機器が全国で使用されています。
 友人や親族、もしかしたら私もあなたもいつか“患者”として関わるのかもしれません。医療を知るということは生きる者として、社会の重要インフラを把握するという行為です。
それは難解で分かりにくくても、やはり有意義であって決してマイナスにはならない。

 「課長、あの総合病院って最近は病診連携を推進していても、患者の受け入れが厳しいらしいですよ。腕利きの先生たちが揃ってるのに何故なんでしょう?」
 しばし黙る課長。
 「そういえば、診療部長へ挨拶に行ってないな・・・。ほら、あの販促品が届いたらしいじゃないか。MRは顔で売っておかないと競争が厳しいし、今度は新人MRも入ってくる。そんな答えのないことを考えるよりは、まずは足で稼ぐもんだよ。」

 そうして今日も廊下で待つ課長とMR
 これで果たして、新入社員が憧れる職業になるのでしょうか?

 いや、「医療現場のことを俺が教えてやろう、それには自信があるよ」と上司が言えたらならば、きっと多くの部下MRたちは目を輝かせて聞きたがるはず。

あなたは、自信を持って医療現場を語れますか?
もし医療の本質とは何かを自らの言葉で語れたら、あなたの仕事は格段に輝くことでしょう。それは誰からも、真に尊敬されるプロフェッショナルMRですね。
           (end)
   

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